個人的に在庫しているNチャンネルの接合型FET(JFET)を例にとり、LTspiceでJFETをより気持ち良く使うためのサブサーキット化手順を解説していきます。
ここでは入手もしやすい2SK118と2SK2881の2つの製品を取り上げ、基本特性を確認してみましょう。
なおサブサーキットモデルのコンポーネント化の基礎に関しては以下の記事を参照ください。

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【LTspice入門】自作サブサーキットモデルで回路シミュレーションに組み込む

LTspiceの自作コンポーネント作りのためのサブサーキットの自作方法を実例を踏まえながら考えます。


はじめに



巷の電気デバイスでも既にMOSFETやIGBTが主流のため、JFETを積極的に採用するメーカーも少ないご時世となってきました。
ですがJFETにもまだまだ使い続ける魅力がいくつかあります。
MOSFETは構造上、酸化絶縁膜が静電気で破壊されやすい(※ただし静電気対策品もあります。)という欠点があり、完成品の信頼性という意味ではJFETの方が好ましい、という意見もまだ根強いと思います。
...もちろん家電メーカーの本音は、ある程度の期間で適度に故障してくれないと、修理サービス費や買い替えのチャンスが増えないので、品質の高くないMOSFETを採用したほうが嬉しい、というのもあるでしょう。
ホビーユースの視点から言えば、特にアバログオーディオ方面で味わいがある音が出るという理由もあり、またMOSFETよりは静電気に耐性のあるJFETを使うことが多いように思います。


バイポーラトランジスタとJFETの比較



もう少しだけJFETを復習しておきます。
利用方法からJFETと良く比較されるのが、バイポーラトランジスタです。
バイポーラトランジスタについては以前記事にまとめていたので、気になる方は以下の記事をご参照ください。


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【LTspice】バイポーラトランジスタの基本特性をシミュレーションしてみる

バイポーラトランジスタの2SC1815と2SC2120を例に基礎特性LTspiceでシミュレーションする手順を検証していきます。




JFETはバイポーラトランジスタと使われ方が良く似ています。
条件さえ合えば、バイポーラトランジスタを用いた既存の回路をそのままJFETに置き換えることも可能です。
以下の図で、構造の比較として、NPN型バイポーラトランジスタとNチャンネルJFETを少し考えてみましょう。

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バイポーラトランジスタもJFETも基本的に3つの端子からなるデバイスで、

バイポーラトランジスタ JFET
コレクタ(C) ドレイン(D)
ベース(B) ゲート(G)
エミッタ(E) ソース(S)

というおおよそのピンの機能に置き換えた対応で考えることができます。
前回のバイポーラトランジスタの回でも解説しましたが、
エミッタ接地 にあたる考え方で言うと、JFETにも ソース接地 という使われ方が多いです。
バイポーラトランジスタでエミッタ接地で回路を構成する場合、コレクタ側に負荷を接続し、コレクタ-エミッタ間電流の
ICEI_\mathrm{CE} を制御するために使いました。
JFETも同様に、ソース接地で動作させる場合、ドレイン側に負荷を接続し、ドレイン電流
IDI_\mathrm{D} を制御する目的で利用される場合がほとんどかと思います。

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用途上の大きな違いは、バイポーラトランジスタがベースに流れる電流によって、コレクタ-エミッタ間電流
ICEI_\mathrm{CE} を制御する ベース電流制御 方式であったのに対し、JFETでは(負の)ゲート-ソース間電圧 VGSV_\mathrm{GS} でドレイン電流 IDI_\mathrm{D} を制御する ゲート電圧制御 方式であることです。
そのため、バイポーラトランジスタをJFETに置き換えたい場合、制御電圧の仕様によってはゲート側(ベース側)の構造変更も必要になります。
バイポーラトランジスタとJFETの最大の違いは、JFETは制御電圧を掛けない(
VGS=0V_\mathrm{GS} = 0 )時が一番ドレイン電流が流れる状態になる、いわゆる ノーマルオープン になることです。
ドレイン電流が流れてほしくない場合には、
VGSV_\mathrm{GS} に負の電圧を印加していくことで電子の流れる経路が遮蔽され電流が流れなくなります。
なので、バイポーラトランジスタからJFETにそのまま置き換かえられる回路があった場合、スイッチの機能は真逆に働くことになりますので、設計には十分注意が必要です。


JFETのサブサーキットモデル構造



今回も前回と同様に
自作サブサーキットコンポーネントの作成手順 を使うことで、自作JFETを回路にひょいとつまんで配置できるようにします。
LTspiceの詳細な利用法は
Ltspice Wiki公式 から参照してください。
基礎的なパートを抜き出すと、

            文法:
    Jxxx [ドレイン] [ゲート] [ソース] <特性モデル>

モデル特性関数:
    NJF (Nチャンネル型FET)
    PJF (Pチャンネル型FET)

        

JFETの要素のプレフィックスは
J から始まります。
モデルにはNチャンネルとPチャンネルから選択します。
今回は一からJFETのモデルを作成してみたいので、モデル特性を操作するパラメータも一旦紹介しておきます。


パラメータ名 説明 単位系 初期値 推奨値
Vto ゼロバイアス閾電圧 V -2.0 要調整
Beta 伝達コンダクタンス A/(V・m)^2 1e-4 要調整
Lambda チャンネル長調整量 1/V 0 要調整
Rd ドレイン抵抗 W 0 要調整
Rs ソース抵抗 W 0 要調整
Cgs ゼロバイアスゲート-ソース接合容量 F 0 要調整
Cgd ゼロバイアスゲート-ドレイン接合容量 F 0 要調整
Pb ゲート接合電位 V 1. 要調整
Is ゲート接合飽和電流 A 1e-14 要調整
B ドーピング形状係数 - 1 1.1
KF フリッカー雑音係数 - 0 0
AF フリッカー雑音指数 - 1 1
Fc 順方向空乏層容量係数 - 0.5 0.5
Tnom 駆動温度 27 50
BetaTce ベータ温度係数 %/℃ 0 -0.5
VtoTc 閾電圧温度係数 V/℃ 0 -2.5m
M ゲート接合傾斜係数 - 0.5 0.33 ~ 0.5
N ゲート接合放射係数 - 1 1
Isr ゲート接合再結合電流 A 0 要調整
Nr Isr放射係数 - 2 2
alpha イオン化係数 1/V 0 1e-6 ~ 1e-3
Vk イオン化屈折電圧 V 0 50 ~ 200
Xti Is温度係数 - 3 3


上の表で、
「要調整」 と書いた辺りがJFETを固有値を形成するのものであり、メーカーのカタログや添付仕様書などに実測値などが記載されている場合も多いです。
厳密にパラメータを決めたい場合には、実験回路などでいくつかサンプルを使って測定値を直接求めることになります。
ここではメーカーから提供されたスペック値ではなく、ザックリとした特性を仕様書などを見ながら大体の値を憶測してモデル化しています。

こちらの文献 にJFETのモデル作成指針が記載されていますので、参考になると思います。
回路シミュレーションに使えるかどうかは各自でご判断ください。


2SK118の基礎特性



抽象的な話はさておき、LTspiceを使って一般汎用・インピーダンス変換用の代表的なJFETである東芝・
2SK118 の基礎特性を確認しながら自作サブサーキットモデルを作成してみます。
ちなみに2SK118は
standard.jft にも収録されています。

シンボルファイル



まずはNチャンネルJFET用のシンボルファイル(
2sk118.asy )を以下のように与えます。

            Version 4
SymbolType CELL
LINE Normal 16 16 16 80
LINE Normal 48 72 48 96
LINE Normal 16 72 48 72
LINE Normal 48 24 48 0
LINE Normal 16 24 48 24
LINE Normal 0 64 4 64
LINE Normal 4 68 16 64
LINE Normal 4 60 16 64
LINE Normal 4 60 4 68
WINDOW 0 56 32 Left 2
WINDOW 3 56 72 Left 2
SYMATTR Value njfet-test_2SK118
SYMATTR Prefix X
SYMATTR Description N-Channel JFET 2SK118
SYMATTR ModelFile njfet-test/2sk118.subckt
PIN 48 0 NONE 0
PINATTR PinName D
PINATTR SpiceOrder 1
PIN 0 64 NONE 0
PINATTR PinName G
PINATTR SpiceOrder 2
PIN 48 96 NONE 0
PINATTR PinName S
PINATTR SpiceOrder 3

        

この程度のシンボルならシンボルエディタでサッと作ってもらっても構いません。

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サブサーキットモデル



続いてサブサーキットモデル(
2sk118.subckt )を作成します。
とはいえstandard.jftの中にあるモデル式をそのまま利用します。

            .SUBCKT njfet-test_2SK118 1 2 3
.model MY_2SK118 NJF(Beta=900u Rs=36 Rd=36 Betatce=-.5 Lambda=331u Vto=-2.7 Vtotc=-2.5m Cgd=5.7p M=.45 Pb=2 Fc=.5 Cgs=6.6p Isr=113p Nr=2 Is=11.3p N=1 Xti=3 Alpha=10u Vk=100 Kf=1e-18 Af=1)
J1 1 2 3 MY_2SK118
.ENDS

        

リソースファイルの配置



LTspiceで利用できるようにライブラリ登録します。
先程の2sk118.subcktと2sk118.asyをそれぞれ./lib/subと./lib/symの中に配置します。
sub(sym)フォルダ直下に置いても良いのですが、後々区別できなくなると困るので、サブフォルダ(
njfet-test )を作ってそこにファイルを入れます。

            $ tree -L 3
.
└ LTspiceXVII
  └─ lib
      ├─ sub
      │   └─ njfet-test
      │      └── 2sk118.subckt
      └─ sym
          └─ njfet-test
              └── 2sk118.asy

        

これでコンポーネントから回路部品としていつでも使えるようになります。

基礎特性のシミュレーション



では
2SK118のデータシート を参考にしながら基礎特性を確認してみます。
まずはドレイン-ソース間電圧を10Vに固定したときの
IDVGSI_\mathrm{D} - V_\mathrm{GS} 特性をチェックしてみましょう。

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これを見ると、どうやら標準ライブラリに収録されていたのは
GRランク の製品であることが分かります。
では
IDVDSI_\mathrm{D} - V_\mathrm{DS} 特性も確認してみます。

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見てのようにゲート-ソース間がゼロバイアスの時がドレイン電流もっとも流れやすい状態になり、負のバイアス電圧をかけていくとドレイン電流が減少していきます。
やがて閾電圧まで印加すると流れない状態になります。
当然ですがNチャンネルJFETの特性をきちんと再現できていると思います。


2SK2881Dの基礎特性



オーディオ用の回路で定番として有名だったNチャンネルFET・2SK30Aは既にディスコンしており、現在のところその代替品として利用されるのが
2SK2881 です。
残念ながらすぐに利用可能な2SK2881のSPICEモデルは見つかりませんので、その場合には上述したJFETのモデル特性関数のパラメータをいじりながら2SK2881の仕様に近づける必要があります。
2SK2881にはC/D/Eクラスがありますが、今回はDクラスの特性を見てみましょう。


シンボルファイル



シンボルファイルを
2sk2881d.asy として、以下の内容で作成しておきます。

            Version 4
SymbolType CELL
LINE Normal 16 16 16 80
LINE Normal 48 72 48 96
LINE Normal 16 72 48 72
LINE Normal 48 24 48 0
LINE Normal 16 24 48 24
LINE Normal 0 64 4 64
LINE Normal 4 68 16 64
LINE Normal 4 60 16 64
LINE Normal 4 60 4 68
WINDOW 0 56 32 Left 2
WINDOW 3 56 72 Left 2
SYMATTR Value njfet-test_2SK2881D
SYMATTR Prefix X
SYMATTR Description N-Channel JFET 2SK2881D
SYMATTR ModelFile njfet-test/2sk2881d.subckt
PIN 48 0 NONE 0
PINATTR PinName D
PINATTR SpiceOrder 1
PIN 0 64 NONE 0
PINATTR PinName G
PINATTR SpiceOrder 2
PIN 48 96 NONE 0
PINATTR PinName S
PINATTR SpiceOrder 3

        

もちろんシンボルエディタで作成してもOKです。

サブサーキットモデル



実験回路を組んで、実物を測定するとより厳密な値が得られるのでしょうが、今回はそこまでシビアに捉えすに、
2SK2881のデータシート 等を参考におおよそのモデルを作成します。
色々とパラメータを弄った末に、まぁこんなものか的な仕上がりのものが以下のサブサーキット式です。

            .SUBCKT njfet-test_2SK2881D 1 2 3
.model MY_2SK2881D NJF(
+ Beta=28m Vto=-0.4 Betatce=-0.5
+ Vtotc=-2.5m Rs=7 Rd=10 Lambda=3.7m
* Cgd=4e-11 M=.79 Pb=.98 Fc=.5 Cgs=4e-11 Isr=0 Nr=2
+ Is=3.6e-14 N=1 Xti=3 Alpha=0 Vk=100 Kf=5e-18 Af=1
+ )
J1 1 2 3 MY_2SK2881D
.ENDS

        

所詮完璧なSPICEモデルなどは机上の理論ですので、ある程度の妥協は必要かと思います。

リソースファイルの配置



LTspiceで利用できるようにライブラリ登録します。
先程の2sk2881d.subcktと2sk2881d.asyをそれぞれ./lib/subと./lib/symの中に配置します。
これもサブフォルダ(
njfet-test )を作ってそこにファイルを入れます。

            $ tree -L 3
.
└ LTspiceXVII
  └─ lib
      ├─ sub
      │   └─ njfet-test
      │      └── 2sk2881d.subckt
      └─ sym
          └─ njfet-test
              └── 2sk2881d.asy

        

基礎特性のシミュレーション



では2SK2881Dの基礎特性を確認してみます。
まずはドレイン-ソース間電圧を10Vに固定したときの
IDVGSI_\mathrm{D} - V_\mathrm{GS} 特性をチェックしてみましょう。

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データシートの
Dクラス のものとだいたい一致しています。
また
IDVDSI_\mathrm{D} - V_\mathrm{DS} 特性も確認してみます。


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データシートの曲線は
VDSV_\mathrm{DS} 低電圧側はもっと鈍く立ち上がるようにも見えますが、今回は定量的な話はやめておきます。
JFETの個体差も考えると、まぁ使えなくもないモデルではないかと思います。


まとめ



今回はNチャンネルのJFETをサブサーキット化して基礎特性を素で眺めてみるだけの内容を解説しました。
既にMOSFETも手頃な値段で手に入りやすい時代ですし、JFETも古典のアナログ部品になりつつあるかもしれません。
とはいえJFETはダイオードと同様に単純な半導体の構造を持っているので、その特性を理解しやすく、電子回路を設計するにも扱いやすい部品です。
電子工作を楽しむ上で、是非とも押さえておきたい要素かと思います。