卓上CNCルーターを使いこなす上で欠かせないのが、多種多様な
切削ツール(ビット) の知識です。 素材や加工内容に合わせて適切なツールを選ぶことで、仕上がりの品質や作業効率が大きく向上します。 しかし、特に初心者の方にとっては、どのツールを何のために使うのか、判断が難しい場面も多いのではないでしょうか。
本記事では、卓上CNCで主に使用されるドリル、エンドミル、Vカッターといった基本的な切削ツールの種類と特徴、そしてそれぞれのツールに適した「送り速度」の計算方法について、初心者向けに分かりやすく解説していきます。
なお、本稿で紹介する計算には、コマンドラインで利用できる計算ツール
bc を使用します。

参考|四則演算や関数も計算できるLinuxの電卓コマンド「bc」

手元に関数電卓がないときには割と便利に使える方法ですので、これを機会に覚えておいても損はないでしょう。


切削ツールの種類と特徴



まずは、卓上CNCでよく使われる代表的なビットの種類である、

  • ドリル
  • エンドミル
  • カッター

を順にその特徴を見ていきましょう。

ドリル



ドリルは、
基板に穴を開ける ためのツールです。 一見単純なツールに見えますが、実は正確な穴を開けるのは意外と難しく、いくつかの要素を考慮する必要があります。

ドリルの形状



PCB加工で使われる小径ドリルには、主に
アンダーカット型ストレート型 の2種類があります。

合同会社タコスキングダム|蛸壺の技術ブログ
  • ストレート型 : 一般的な形状で、再研磨の回数が多く経済的です。
  • アンダーカット型 : シャンク(軸)部分が刃径よりわずかに細くなっており、穴の内壁との摩擦を低減します。これにより、穴の品質が向上しますが、マージン長が短くなるため再研磨の回数は限られます。

基板の材料であるガラスエポキシ材は、加工時に弾性変形や熱膨張を起こしやすい性質があります。 刃先が摩耗してくると、ドリルが通過した後に穴がドリル径よりも小さくなってしまう現象が起こります。
アンダーカット型は、この影響を軽減し、より綺麗な内壁の穴を開けるのに適しています。

ドリル加工の注意点



ドリル加工で注意したいのが
「レジンスミア」 の発生です。
これは、ドリルの回転によって発生した熱で基板の樹脂が溶け、穴の内壁に付着してしまう現象です。 レジンスミアが発生すると、後のめっき工程で接続不良の原因となることがあります。
レジンスミアは、主軸の回転数が高すぎると発生しやすくなります。 一方で、回転数が低すぎると切削抵抗が増加し、ドリルが折損するリスクが高まります。 特に小径ドリルの場合は、折損を避けるため、ある程度の高速回転が必要です。
工具の寿命や加工品質を考慮し、使用するドリルの材質や径、そして基板の材質に合わせて、適切な回転数と送り速度を見つけることが重要です。

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PCB用マイクロドリル :

エンドミル



エンドミルは、
溝加工や側面加工、平面削り など、幅広い用途に使われる非常に汎用性の高いツールです。 またCNCルーター加工において基本となるツールです。
先端の形状によって、主に
「スクエアエンドミル」「ボールエンドミル」 に大別されます。


  • スクエアエンドミル : 先端が平らで、角のある溝や側面を加工するのに適しています。
  • ボールエンドミル : 先端が球状になっており、曲面や3D形状の加工に使われます。

さらに、スクエアエンドミルは刃の形状によっていくつかの種類に分類されます。

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出典: https://makezine.jp/blog/2014/04/cnc-routing-basics-toolpaths-and-feeds-n-speeds.html

  • ストレートフルート : バランスが良く、多目的に使用できます。切り屑の排出性も良好です。
  • アップスパイラル(正リード) : 切り屑を上方向に排出するため、排出性に優れています。ただし、薄い板材の表面をささくれさせてしまう可能性があります。
  • ダウンスパイラル(逆リード) :切り屑を下方向に押し付けるため、素材の表面を綺麗に仕上げることができます。切り屑の排出性は劣るため、送り速度を遅くする必要があります。
  • コンプレッション : アップスパイラルとダウンスパイラルの特徴を併せ持ち、素材の上下両面を綺麗に仕上げることができます。合板やラミネート材の加工に適しています。

卓上CNCでのエンドミルの選定や利用方法については、以下のサイトで非常に詳しく解説されていますので、ぜひ参考にしてみてください。

参考|CNC2418の改造とか(14) エンドミルについて

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ストレートフルート(2枚刃) :
極小径精密エンドミル :

Vカッター



Vカッターは、その名の通り刃がV字型になっているツールで、主に
V溝彫りや面取り、基板のアイソレーション加工 などに使われます。

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刃の角度(片角)は10°、20°、30°といった種類があり、理論的には角度が鋭いほど細い溝を彫ることができます。
エンドミルと異なり、Vカッターの
切削幅はツールの角度とZ軸の切込み深さによって決まります そのため、正確な幅の溝を加工したい場合はエンドミルの方が適していますが、0.2mm以下の微細なパターン加工などでは、コストパフォーマンスに優れたVカッターが活躍します。
ただし、適正な回転数よりも下げすぎると、工具に無理な力がかかり先端が欠けてしまうことがあるため注意が必要です。

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CNCルーター用Vカッター :

実践〜送り速度を計算する



適切な切削ツールを選んだら、次に重要になるのが
「送り速度」「主軸回転速度」 の設定です。 これらの条件が不適切だと、工具が破損したり、加工面の仕上がりが悪くなったり、最悪の場合はCNCマシン自体にダメージを与えてしまうこともあります。
ここでは、切削条件を決定するための基本的な考え方と、ツールごとの計算方法を解説します。

用語の整理



計算に入る前に、いくつか重要な用語を整理しておきましょう。

  • チップロード (Feed per tooth) : 工具の刃一枚が、一回転する間に削り取る素材の量。単位は [mm/tooth]。材料の硬さや工具の径によって適切な値が変わる。
  • 切削量 :工具が一度に削り取る素材の量。切削量が大きすぎると工具やマシンへの負荷が大きくなり、小さすぎると摩擦熱で工具が摩耗しやすくなる。
  • 主軸回転速度 (Spindle Speed) :ルーターの刃が1分間に回転する回数。単位は [rpm]。
  • 送り速度 (Feed Rate) : 工具が素材の表面を移動する速さ。単位は [mm/min]。エンドミルやVカッターのようにワークのサーフェス面を水平に進む場合には「テーブル送り速度」、ドリルのように鉛直方向に進む場合は「ステップ送り速度」と呼ばれることもある。
  • ステップダウン (Stepdown) : 1回のパスでZ方向に削り込む深さ。
  • ステップオーバー (Stepover) : 隣接するパスが重なる幅。
  • アップカット (Conventional) : 工具の回転方向と送り方向が逆になる削り方。手作業のルーターでは一般的で、CNCでは素材がささくれやすい。
  • ダウンカット (Climb) : 工具の回転方向と送り方向が同じになる削り方。CNCではこちらが一般的で、綺麗な仕上がり面が得られる。

チップ(削りかす)の状態を確認する



最適な切削条件を見つけるための簡単な方法の一つが、
チップ(削りかす)の状態を確認する ことです。

  • 粉状のチップ : 切削量が小さすぎるか、送り速度が遅すぎる。工具が素材を削らずに擦っている状態で、摩擦熱が発生しやすくなる。送り速度を上げるか、回転速度を下げる。
  • 大きな塊や焦げ : 切削量が大きすぎるか、送り速度が速すぎる。工具やマシンに大きな負荷がかかっている。送り速度を下げるか、回転速度を上げる。
  • 小さな削りくず : 理想的な状態。適度な熱を奪いながら、スムーズに加工できている。

また、加工中の音も重要な指標です。 スムーズで安定した音がしているか、異音や振動がないかにも注意を払いましょう。

エンドミルの送り速度



エンドミルの送り速度は、以下の式で計算できます。
カタログ値から以下の諸元が分かる場合、

  • fzf_z : 1刃あたりの送り量[mm/tooth]
  • nn : 工具の実回転数[rpm]
  • ZZ : 工具の切削刃の数

エンドミルの送り速度
FF [mm/min]は以下の式で試算できます。

F=fzZn F = f_z \cdot Z \cdot n Eq. ()


一刃当たりの切削量(チップロード x 工具直径)を概算して、次の式を使用して計算で計算します。

F=σDZn F = \sigma \cdot D \cdot Z \cdot n Eq. ()
  • σ\sigma : チップロード
  • DD : 工具径[mm]


ただし加工条件等のカタログ値として参考文献等に散見される、おおよそのチップロードを工具径の5~10%をそのまま使うと、主軸回転数10,000rpm程度でも、余裕で1000[mm/min]の送り速度を超えてきます。
カタログ値は多くの場合、工業用のCNC機械を想定されているため、これらの機械の剛性は非常に高く、対する卓上CNCルーターの剛性なんてあって無いようなものです。 1000mm/minに近い送り速度で動かそうものなら、ツールがビビってまともにパターンを切削できないでしょう。
幸いにも、
こちらのサイト の方が大変な労力をかけてここらへんを評価されているので、最大限の感謝を述べつつデータを利用させていただくと、おおよそ卓上CNCでのPCBパターン・カット加工のエンドミル加工のチップロードは 1~2% で設定されているようです。
なお、カット加工の場合の一回のステップは0.3mmに設定されています。

計算例



直径1mm、2枚刃のエンドミルを、主軸回転数10,000rpmで使う場合の送り速度を計算してみましょう。 ここではチップロードは0.01と仮定します。

  • 主軸回転数: 10000[rpm]
  • 刃数: 2
  • エンドミル径: 1[mm]
  • チップロード(仮定): 0.01

換算式より

            $ echo '0.01 * 1 * 2 * 10000' | bc -l
200.000

        

計算結果から、テーブル送り速度は
200 mm/min となります。
ただし、カット加工の場合、ステップ切り込み量は0.3mmを深さ上限として想定しています。


Vカッターの送り速度



Vカッターは、エンドミルと違って切削径が切込み深さによって変化します。 そのため、
実切削径 を計算してから送り速度を求める必要があります。
おおよそV字カッターの先端は以下のような構造になっています。

合同会社タコスキングダム|蛸壺の技術ブログ


ここで模式図中においたV字カッターの諸元は以下のようになります。

  • dd : 先端径(チップ径)。先端部分の直径のこと
  • θ\theta : 刃角度。両端の刃のエッジ部分のなす角度。通常製品に記載されている角度は刃角度の半値( θ/2\theta/2 )で 片角 と呼ばれる
  • DD^\ast : 有効ツール径。計算パラメータとしてFlatCAMにツール寸法として入力する値
  • LL : 加工深さ。V字カッターで唯一の調整パラメータ

となります。
要は狙った加工溝幅の
DD^\ast を想定した場合、どの程度の加工深さ LL を設定するかは以下の換算式で計算することになります。

D=d+2Ltanθ2 D^\ast = d + 2 L \tan \frac{\theta}{2} Eq. ()


実際には、先端長の
dd は十分に小さいため無視してよく、Vカッターの実切削径を以下の式で求めることができます。

D2Adtanθh D^\ast \simeq 2 A_d \tan \theta_h Eq. ()
  • DD^\ast : 実切削径[mm]
  • AdA_d : z軸方向の切込み量[mm]
  • θh\theta_h : 片角[rad]

あとは刃数1のエンドミルとして送り速度を計算します。

F=σDnZ F = \sigma D^\ast n Z Eq. ()



Vカッターのほうも、
こちらのサイト のパターン加工のデータからチップロードを逆算し、おおよそ 3~6% で設定されているようです。

  • σ\sigma : チップロード(0.03~0.06)
  • nn : スピンドル回転数
  • ZZ : 刃数 (Vカッターは通常1)

計算例



片角10°のVカッターで切込み深さ0.3mmの条件で、主軸回転数10,000rpmで使う場合の送り速度を計算してみましょう。 ここでは取っ掛かりとしてチップロードは0.03と仮定します。

  • 切込み深さ: 0.3mm
  • 片角: 10°
  • チップロード(エンドミルと仮定): 0.03
  • スピンドル回転数: 10000rpm

これで実切削径
DD^\ast を求めると、

            $ echo '2 * 0.3 * s(3.1415 * 10 / 180) / c(3.1415 * 10 / 180)' | bc -l
.10579300395125372826

        

実切削径は約0.11mmとなり、PCB基板上の電極間最小間隔(0.1mm)くらいになります。 (ただし、実際には卓上CNCの剛性が低いため、0.1mmよりももっと大きく削れてしまうとは思います。)
次に、この値を使って送り速度
FF を計算します。 Vカッターは刃数が1枚なので、Z=1として計算します。

            $ echo '0.03 * 0.11 * 1 * 10000' | bc -l
33.0000

        

計算結果から、理論的な送り速度は約
33[mm/min] となります。
かと言って、普段はお構いなしに
100[mm/min] にしてこれまで削っていたため、感覚的にこの送り速度はちょっと遅い気もします。
むしろチップロードを6%として、
70[mm/min] くらいでやってみても良いかもしれません。
またVカッターの角度が鋭いほど、送り速度を遅く設定する必要があることがわかります。
今回は手持ちに10°しかないので、仕方なくこちらを使いますが、イメージとしてはVカッターの角度が鋭いほど精密なパターンが加工できそうという認識で使ってしました。
CNCルーターの剛性と送り速度の兼ね合いでは、むしろ30°片角のツールのほうがきれいに仕上がるかも...。 今後、Vカッターを入手したら使ってみたい気もします。


ドリルの送り速度



ドリルの送り速度は、水平方向ではなく垂直方向の動きになるため、考え方が少し異なります。 一般的に、1回転あたりの送り量(チップロード)と回転数から計算します。

参考資料|切削速度・回転数・送り量の求め方

ここから一般的なドリルの切削速度・回転数・送り量の求め方は、

V=πDN1000 V = \frac{\pi D N}{1000} Eq. ()
F=fN F = f \cdot N Eq. ()
  • VV : 切削速度(周速) [m/min]
  • DD : 刃径[mm]
  • NN : 1分間当たりの回転数[RPM]
  • ff : 1回転あたりのステップ送り量[mm/rev]
  • FF : 送り速度[mm/min]

また小径ドリルのステップ送り量(=切削量)
ff の経験的な目安として、

f=σD f = \sigma D Eq. ()
  • DD : ドリルの刃径[mm]
  • σ\sigma : チップロード係数

という式も場合によっては利用できるかもしれません。
なお、ドリル径とチップロード係数の関係は以下のようなものです。

D σ
0.05 ~ 0.4 0.1
0.5 ~ 0.9 0.2
1 ~ 3 0.2 ~ 0.5

計算例



直径0.3mmのドリルを、主軸回転数10,000rpmで使う場合の送り速度を計算してみましょう。
参考にしてみたとあるカタログでは小径ドリルの場合、1回転あたりの送り量は20~30[μm/rev]程度が使われます。 ここでは30[μm/rev](= 0.03mm/rev)とします。


  • ドリル径: 0.3mm
  • ー回転あたりの送り量は30[ μ\mu m/rev]
  • 主軸回転数: 10000rpm
            # 10000rpmの場合
$ echo '30 / 1000 * 10000' | bc -l
300

        

計算上の送り速度は
300 mm/min となります。
ただし、これはあくまで理論値です。 実際の加工では、マシンの剛性やドリルの状態、切り屑の排出などを考慮して調整が必要です。
特に小径ドリルは非常に折れやすいため、最初は遅めの速度から試していくのが安全です。
カタログ値の無いノーブランドのドリルで加工する場合、実際のチップロードや加工中の実回転数が分からないため、穴の仕上がりの目視で良し悪しを判断する必要があるかもしれません。
チップロードもドリル径の5%くらいにして、径の小さいドリルで150mm/min、大きいと100mm/minくらいが良いかもしれません。


まとめ



今回は、卓上CNCで使われる基本的な切削ツールであるドリル、エンドミル、Vカッターの特徴と、それぞれの送り速度の計算方法について解説しました。
最適な切削条件は、使用するマシン、ツール、材料、そして作りたいものによって常に変化します。
本記事で紹介した計算方法はあくまで出発点であり、最終的には
実際に加工を行い、仕上がりやチップの状態、加工音などを確認しながら微調整していく ことが、スキルアップへの一番の近道です。
安全に十分注意しながら、色々なツールと設定を試して、CNC加工の奥深い世界を楽しんでみてください。